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永田 裕志

永田 裕志

[画像]永田 裕志 Yuji Nagata [画像]永田 裕志 Yuji Nagata
  • 生年月日:1968年4月24日
  • 出身地 :千葉県東金市
  • 得意技 :

    ナガタロックⅠ、II、III、IV、バックドロップホールド、腕固め、サンダーデスドライバー

  • バイオ :

    大学時代、アマチュア・レスリングに励み、92年3月に新日本プロレスへ入門。9月14日、松江市総合体育館における山本広吉(現:天山広吉)戦でデビューする。96年3月の第7回「ヤングライオン杯」で準優勝を収め、米国武者修行へ出発。97年3月よりWCWマットに参戦する。99年8月の「G1 CLIMAX」では藤波辰爾、佐々木健介らトップ選手を敗り、大躍進を遂げる。8月28日、中西学とのタッグで後藤達俊&小原道由を下し、第39代IWGPタッグ王座に君臨。01年8月の「G1」では、武藤敬司、蝶野正洋を連破して初優勝を果たす。02年4月5日、安田忠夫を撃破し第31代IWGPヘビー級王座に輝き、高山善廣、藤田和之、ジョシュ・バーネットら強豪を相手に、歴代最多防衛記録V10を達成。03年11月30日、棚橋弘至とのタッグでプロレスリング・ノアの小橋建太&本田多聞を敗り、第7代GHCタッグ王者となる。04年6月12日、ケンドー・カシンと共に全日本プロレスの小島聡&カズ・ハヤシを下し、第50代世界タッグ王者となる。05年には、新日本本隊を離れ、中西学、ケンドー・カシン、藤田和之とアマレス出身者で形成されたチームJAPANを結成。06年4月の「NEW JAPAN CUP」にて決勝戦進出を果たすも、ジャイアント・バーナードに敗れて惜しくも準優勝。8月20日、BIG MOUTH LOUDに参戦し、村上和成とのタッグで鈴木みのる&高山と久々の遭遇を果たし、10月9日に鈴木&高山と再激突。試合はパートナーの山本尚史が高山に敗れた。07年1月4日、鈴木の持つ三冠ヘビー級王座に挑戦するが、惜しくもレフェリーストップ負けを喫した。2月18日、カート・アングルと日米レスリングタッグを結成し、バーナード&トラヴィス・トムコを撃破。3月に開催された「NEW JAPAN CUP」では、決勝戦で真壁刀義を下し、同トーナメントを初制覇。4月13日、棚橋を下して第46代IWGP王者となり、約4年ぶりに同王座を腰に巻いた。5月2日、越中詩郎を退けて初防衛に成功。7月6日には真壁との大流血戦を制し、2度目の防衛に成功した。08年1月4日、かねてから対戦を熱望していたアングルとの“世紀の一戦”が実現。2月17日、試合前に頭部の異常を訴え、以後欠場を続けたが、5月2日に復帰。ZERO1-MAX(現:ZERO1)と対抗戦で最前線に立ち、10月13日には田中将斗とのシングル初対決を制し、世界ヘビー級王座を獲得した。09年4月5日、自身初挑戦となるチェーンデスマッチで飯塚高史に敗北するが、5月3日にドッグカラー・チェーンデスマッチでリベンジした。09年9月から、低迷を続ける井上、平澤光秀を熱血指導するようになり、S・S・マシンを加えた“新生”青義軍を結成。10年5月3日のIWGPタッグ選手権試合3WAYマッチで、井上とタッグを組み、高橋裕二郎&内藤哲也、バーナード&カール・アンダーソンに勝利。10年10ヶ月ぶりに同王座へ返り咲いた。11年3月の「NEW JAPAN CUP」で4年ぶり2度目の優勝を遂げ、同年4月には全日本プロレスの「2011チャンピオンカーニバル」も制覇した。
    16年5月3日福岡国際センター大会で柴田勝頼の持つNEVER無差別級王座に挑戦し見事勝利。第11代NEVER無差別級王者となる。
    しかし6月19日大阪城ホール大会で柴田勝頼に敗れ、防衛することはできなかった。